甲子園でも投げ過ぎが問題視!?
投げ過ぎによる故障を防ぎたい!
そのためには球数制限は本当に有効なのか!?
選手の身体を守る指導、ルール作りを!!
〇相変わらず熱投が話題になる甲子園…
2013年春のセンバツ甲子園。
準優勝した済美高校の安楽投手(現楽天)が46イニング合計772球を投げたことが話題となりました。
こちらは当時の記事で、投手の投げ過ぎを批判的に書いた記事です。
しかし、多くの人がこういった見方をしたのかというとそういうことではなく、こうした「熱投」を美談として語るメディアやファンが多かったのも事実です。
現にこの安楽投手の例は特殊なことではなく、毎年地方大会を一人で勝ち上がったチームが甲子園にやってきます。
安楽投手は決勝まで勝ち上がったがために772球を投げることとなりましたが、勝ち上がりさえすれば他にも一人のエースに熱投を強いるチームはあったことでしょう。
2018年夏の甲子園でも同じく済美高校の山口投手、他に高知商業の北代投手、金足農業の吉田投手などが一人で投げ抜いて勝ち上がっています。
当然ですが、投手の肩は投げれば投げるほど酷使され、故障の可能性が高まることとなります。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/35552?page=2 より
先の記事から引用させてもらいましたが、2013年春のセンバツまでにこれだけの投げ過ぎな投手がいます。
その後に大学や社会人で活躍しながらもプロでは活躍できなかったという選手も含まれているので、一概には言えませんが、投げ過ぎた高校球児はプロで通用しにくい傾向があるように見えます。
夏1位の斎藤投手は大学経由ですが、明らかにベストパフォーマンスは高校時代。
夏3位の島袋投手も高校卒業後に故障で低迷。
期待が大きかった辻内投手は故障でほとんど満足に投げることができないまま引退。
先の記事で挙げた安楽投手もセンバツ後に故障し、プロ入り後もセンバツ時の球速までは戻らないでいます。
一人一人に聞き取り調査をしたわけではないので、これらのケースでのはっきりとした故障との因果関係は不明ですが、投げ過ぎが故障と無関係ではないことは事実だと思います。
実際に私は投手でしたが、やはり投球数が多ければ多いほど、連投すればするほど、肩は炎症を起こしていました。
〇投げ過ぎと故障との因果関係はあるのか?
投げ過ぎと故障との因果関係はあるのか?
先行研究を見てみたいと思います。
MLBでは100球を先発投手交代のメドとしています。
これは「PAP=投手酷使指数」という指数が根拠となっています。
number.bunshun.jp
こちらの広尾氏の記事が非常に分かりやすいです。
こちらから引用させていただきます。
PAPは。1試合で投げた球数から100を引いてそれを3乗したもの。これを毎試合加算する。この数値の合計がシーズンで10万を超えれば故障の可能性が高く、20万を超えればいつ故障してもおかしくないとされる。100球以下の試合はカウントしない。
この指標の日米上位5人を並べてみると、愕然とする。いずれも2017年の実績から。
<MLB>
1ジャスティン・バーランダー(2球団)3531球 PAP 4万8732
2クリス・セール(レッドソックス)3428球 PAP 4万4918
3マックス・シャーザー(ナショナルズ)3111球 PAP 4万2204
4トレバー・バウアー(インディアンス)3148球 PAP 4万2038
5ジェフ・サマージャ(ジャイアンツ)3273球 PAP 3万9842ちなみにダルビッシュ有は2球団で3054球を投げ、PAPは28029。MLB全体では10位だった。
<NPB>
1則本昂大(楽)2916球 PAP 32万9158
2菊池雄星(西)2892球 PAP 31万4105
3岸孝之(楽)3004球 PAP 26万7756
4涌井秀章(ロ)2739球 PAP 23万5345
5メッセンジャー(神)2503球 PAP 23万0020
PAPは100球以上投げた投手が翌登板でパフォーマンスを落としていることに着眼して生まれた指数です。
このPAPで見てみると、日米の数値の違いがかなり大きいことが分かります。
10万を越えるといつ故障してもおかしくないとされているにも関わらず、日本では10万を大きく越えている投手が数多くいます。
MLBではこのPAPに配慮した投手起用がなされているというわけです。
しかし、このPAPが絶対かというとそういうことではありません。
この点については広尾氏も触れています。
PAPは、アメリカでも評価が分かれる指標だ。そもそも「100球」に科学的な根拠はない。
PAPの数値が小さくても、故障する投手はいる。最近の研究では、全力投球をすれば1球でも肩や肘を損傷することがあるという。また登板間隔も考慮されていない。
しかし現状では、「これ以外の有効な指標がない」のだ。だからMLBの球団はPAPを遵守しようとする。
PAPは100球を境に指数が大きく分かれることになります。
しかし、球数の他は「投球強度」や「登板間隔」について何も考慮されていません。
たとえばの話、軽く150球投げるのと、全力で30球投げるのとではどちらが故障のリスクがあるのでしょうか?
また、120球で中6日で投げるのと、99球で中4日で投げるのとではどちらが故障のリスクが高いでしょうか?
個人的には両方の例ともに後者の方が故障のリスクが高そうに感じるのですが、PAPの考え方からいくと前者の方が故障しやすいことになります。
ただ、「投球強度」、どのくらい全力で投げているかを指数かすることは難しいですし、登板間隔も個人差やその間の練習をどうするかによっても大きく異なることが考えられます。
したがってなかなか研究することが難しいというわけです。
しかし、広尾氏が述べているように『現状では、「これ以外の有効な指標がない」』のです。
少しでも故障のリスクを減らそうと努力することが重要なわけです。
そう考えると、高校球児(そうではなくとも野球選手)が100球以上投げ、かつ連投を続けることが良いことなはずはないのです。
〇球数制限は有効なのか?
では、投手の故障を守るために有効な手立てについて考えてみたいと思います。
やはり有効な手立てとして「球数制限」が挙げられます。
本来であれば、この「球数制限」はルールとしてではなく、指導者が決めるべきことではないかと私は考えています。
なぜなら、先に述べたように球数制限の球数には明確な根拠がなく、1球の負担も個人差が大きいからです。
100球と言わずに
「1年生は70球までしか投げさせない」
「連投させない」
「A投手は力んで投げるタイプなので50球までとする」
などというチーム内ルールを明確にするなど、指導者の配慮によって「球数が制限される=故障のリスクが抑えられる」ことが一番望ましいと思うのです。
実際にそういった考えのもと継投で勝ち上がるチームもあります。
しかし、そういった配慮を求めてはきたものの、配慮されないことによって球児の投げ過ぎ問題は起こっています。
故障には個人差も大きく、いくら投げても故障しなかった極一部の例が大きく扱われることも影響しているものと思われます。
この点は広尾氏も指摘しています。
では、日本ではなぜ球数制限が浸透しないのか?
いろいろな原因があると思うが、遥かな昔から、日本には何百球を投げても全く故障せず、投げまくった投手がいたのが大きいと思う。
1つだけ例を挙げよう。
今からちょうど半世紀前の1968年、阪神の江夏豊はシーズン401奪三振のNPB記録を作った。この時のデータはこうなる。
49登板37先発329回 5089球 PAP405万4196
PAPは405万である。5月20日、川崎球場の大洋戦では延長12回を完投しているが、この時の球数は213球。PAPはこの日だけで144万に達した。
金田正一、稲尾和久、杉浦忠、江夏豊など日本プロ野球史に残る大投手は、何百万というPAPをものともせず、大記録を作ってきたのだ。
なぜそんなことができたのか? 日本とアメリカの投手は違うのか?
そういうことではないだろう。
投手の能力は個人差が大きい。PAPが何百万になろうとも故障しない投手が、常に少数ながら存在するということではないか。
事実、金田、稲尾、江夏らが活躍した昭和中期には、短期間、活躍をして消えていった投手はたくさんいる。
昨年も78歳でWBC投手コーチとして侍ジャパンのユニフォームを着た権藤博は、1961年中日で429.1回を投げ35勝19敗、「権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤」と言われる酷使に耐えた。
2年目も30勝17敗だったが、3年目10勝、4年目6勝、現役最終年に1勝。投手としては5年しか持たなかった。
権藤よりもはるかに早く消えていった投手はたくさんいる。
日本ではたまたま怪我をしなかった投手の成功事例だけが喧伝されて、球数制限が定着していないのではないか。
こちらはプロの例ですが、アマチュアの指導者の口からも
「俺のころはこのくらいの投げ込みは当たり前だった」
「あのくらいで痛みが出るなんて弱い」
と言った残念な話を聞くことがあります。
個人差があるからこそ、細心の注意を払って故障のリスクを減らす努力をすることが指導者の役目だと言えます。
こういった指導者からも選手を守るということを考えれば、ルールとしての球数制限を設け、「100球で強制交代」というようにすることは(やらないよりは遥かに)有効だと言えます。
たとえばボーイズリーグでは以下のような球数制限を設けています。
4. 投手は同一日に小学生の部は6回、中学生の部は7回以上投球することができない。
5. ダブルヘッダーでは連投を認めるが、投球回数を小学生の部は6回、中学生の部は7回以内とする。
例えば、1試合目で5回投げた場合には、次の試合で小学生の部は1回、中学生の部は、2回投げることができる。
ただし、端数回数 (0/3回・1/3回・2/3回) は切り上げて1回とする。
なお、小学生の部の投手の変化球は禁止する。
〇球数制限の問題点は何か?
球数制限導入論争が出た場合、必ず反対意見として出るのが
「待球作戦が有効になってしまう」
「複数投手がいないチームが不利になってしまう」
という意見です。
まず「待球作戦」ですが、これは果たして本当に有効でしょうか?
もし仮に球数制限の上限が100球であれば、投手はどんどんストライクを先行させていくことと思います。
2球で2ストライクにポンポンと追い込まればかなりバッターが不利になります。
投手からすれば、初球を振ってこないバッター、チームはかなりやり易いです。
その結果、逆に90球完投なんてケースも増えると思います。
攻撃側はそういった傾向が出てくると
「ファーストストライクを積極的に狙え」
という指示が出るようになると思うのです。
そうなってくると後はこれまでよりも球数が少ない中での腹の探り合いになってきます。
もちろん今まで通りに「ボールから入る」なんて配球をしていたら待球作戦は有効ですが、「待球作戦→ストライク先行→早打ち→どちらもアリ」という流れになると思うので、待球作戦というのはコントロールの悪い投手でなければ有効とは言えないのではないかと思います。
ただ、正直な話、カット作戦は有効だと思います。
2013 花巻東x鳴門 カット打法 千葉くん 13球粘って四球
個人的にはやらせたくはない作戦ではありますが…。
「複数投手がいなければ不利」ということについてですが、それがある意味球数制限の狙いですからね。
球数制限をすることによって、2人目、3人目を用意しなくてはいけなくなる。
そもそもトーナメント制が当たり前のアマチュア野球で、2人目、3人目を育てていないことの方が問題です。
たとえ9人のチームであったとしても、選手の身体を考えるのであれば複数投手を育てる指導をすることは指導者の役目だと思います。
↑私はこういう取り組みをしています。
そうなると人数が集まる強豪私学がさらに有利になるという意見もありますが、私学=複数投手制ということでもなく、強豪私学の中でも継投を行っているところとそうではないところがあります。
結果的に強豪私学の中でもプロ注目選手が集まるチームは
「プロで活躍する選手を育てることができているから」選手が集まるのです。
要するに、先の記事と関連づけて言えば「投手を酷使しないように努力している」から選手が集まってくるわけです。
初めから大阪桐蔭だから選手が集まってくるわけではなく、選手を壊さずに育てる努力があったからこそ選手が集まってきたと考えなくてはいけません。
まあ、そうは言っても部員が多ければ多いほど有利なことは分かりますが、そもそもこの点にひっかかるということは思考が「選手の身体よりも勝利に目がいっている」ことを意味しています。
これは日本野球界の課題と言えるのではないでしょうか?
〇まずは指導者が理解を!!
とは言っても、実際ルール化されるには時間がかかるでしょうし、特に高校野球においては美談化好きのメディアも多いため、ルール化されないということも考えられます。
そこで、やはり重要なのは指導者の理解です。
指導者が故障リスクについてもっと学び、理解を深めていかなくてはルール化したところで、結局は練習試合や練習で酷使して潰してしまうのではないかと思います。
場合によっては、選手の方が無理をしたがることもあります。
「志願の先発」など美談にされやすいケースです。
もしそれを一蹴し、負けたら指導者が批判されることもあるかもしれません。
それでも、時には指導者がセーブをかけ、選手の身体を守ることも指導者の役目です。
「僕は高校で野球を辞めるから、ここで壊れてもいい。」
なんて選手も稀にいますが、その例を認め続けてきたから現在の日本野球界があるということも考えなくてはいけません。
その選手がそこで投げることで「悪しき例」ができます。
その「悪しき例」を持ち出して、「あいつは無理してでも投げたぞ」と選手に無理を強いる指導者がいるかもしれないということを忘れないでください。
確かに目先の勝利も気になりますが、選手の身体を第一に考えた指導ができるようにしていきたいものですね。
その選手の成長のピークはまだまだ先だという視点をもって育てていきたいですね。
※追記
新潟県高野連で球数制限を採用することになりました。
賛否あるようですが、大きな一歩ではないでしょうか。
続編はこちらです。
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