毎年、この代が最高の代だと思って指導にあたって欲しい。
顧問にとってはたったの一年かもしれない。
でも生徒にとってはかけがえのない一年だから。
〇「今年のうちは弱くて…」などと言ってしまっていませんか?
今回は「ダメな代などない」というお話です。
練習試合などで他のチームの指導者の方とお話をすると、
「この代は良いメンバーがいないから無理だ」
「今の1年は良いから2年後が勝負だ」
などといった話を聞くことがたまにあります。
そういった話を聞くと悲しい気持ちになります。
私が高校球児だったとき、主軸の子の能力は高かったのですが、私を含めそれ以外の子の能力はいまいちで、全体的に見ると狭間の世代でした。
上の代も下の代も良いピッチャーがいて、期待されていた代でしたからそういった顧問の先生の思いを感じていた私は「見返してやろう」という気持ちより「自分たちでは勝てないのかな」とモチベーションが上がらなかったことを覚えています。
今でも記憶に残っていて、思い出すと悔しくなる出来事があります。
夏の大会前の練習試合で、3年生のチームメイトに代打が出されました。
その代打は1年生でした。
それ自体は実力主義の高校野球ではままあることです。
その1年生が期待されていることは分かっていたし、事実その選手は後にキャプテンになるほどの選手でした。
しかし、私が頭にきたのは、その直後に発表された夏の大会のベンチ入りメンバーにその1年生の名前が無かったことです。
どういう意味かお分かりいただけるでしょうか?
練習試合の前にすでに選手名簿は送られており、監督は練習試合の段階では登録メンバー入りしていないことが確定している1年生を試合に使ったのです。
AチームもBチームも無い普通の公立でしたから、1年生を育てたければ、練習試合で使うしかないのは分かりますが、私たち3年生最後の大会前の大事な練習試合で育成を優先したのかとかなりモチベーションが下がったことを覚えています。
さすがにこの例はひどいと思いますが、そこまでではないにしろ、露骨に下級生に期待してしまっていませんか?
「一つの代」として見たときのメンバーの一人として下級生に期待することは分かります。
しかし、「この代では勝てないから下級生の代に期待」というのはあまりにひどい話だと思いませんか?
↑こんなことがないように、現在中学生のお子さんをもつ親御さんは、しっかりと高校の様子を把握するようにしてみてください。
〇常に「この代が勝負」という姿勢が大事!
子どもは一人ひとりみんな違います。
それぞれの子が野球が好きで、がんばりたい気持ちで入部してきています。
そりゃあ能力的には千差万別ですし、メンバーが揃う年もあれば揃わないこともあります。
能力的な差はあるかもしれませんが、どんな代であっても「ダメな代などない」のです。
特に中学校・高校の部活動であれば指導者は教育者でもあるはずです(外部コーチや雇われ監督は違うかもしれませんが、部活動の目的は同じはずです)。
教育者であれば、どんなときも、どんな代であっても平等な目で常に同じような姿勢で指導してあげるべきではないでしょうか。
また、もちろん個別にも同じことが言えます。
できる子だけ指導するのではなく、できない子であっても、むしろできない子ほど手をかけるべきだと思いませんか。
↑こちらの記事もぜひご覧ください。
これは教育的な観点からだけ言えることではありません。
どの代であっても平等に指導することはそのチームを強くすることにもつながります。
技術的にもそうですが、
どの代も「この代が勝負」という気持ちで指導すること
で子どもたちは良き先輩に育っていきます。
良き先輩は技術的にも人間的にも後輩を育てます。
そうやって伝統が出来上がっていくはずです。
そうした伝統はチームの組織力を高め、いわゆる強豪校を作っていきます。
強いチームほどどの代も大切に育てています。
弱いチームほど「今年は厳しい、来年が勝負」などと言う言葉が聞かれます。
ぜひどの代も大切に育てる指導者であって欲しいと思います。
思っている以上に、選手は指導者のことを見ていますよ。
確かに環境やメンバーのせいにするのは簡単です。
しかし、そんな指導者が指導をしているという環境が一番良くないのかもしれませんよ。
↑優秀な指導者についてまとめたこちらの記事もぜひご覧ください。
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